カバーはいりません【軽率に生きる日】

わたしは「みんな」がすきなタイプの人間で、「わたしの友達と別のわたしの友達は友達になれる」と思っている節があり、パーティピーポーと呼ばれても否定できぬ身です。だってわたしのことがすきな人同士ってかなり共通点あるよね…。

彼らがウン十年後のわたしの葬式で初めて会うくらいなら今のうちから仲良くなっててほしい。わたしの葬式では「わたしの友人」一同(友人一同、ではない)で余興を担当してほしいが、フラッシュモブは主役が死んでるので勘弁してほしい。

これくらい人間が基本的に大好きなのだけれど、大人数で同じ場所で一緒に同じ行為をするのはなんだか息苦しい。チームスポーツを例にとると、大学生で初めてハンドボールというチーム球技の部活に入ったときも、他とは少し線を引けるゴールキーパーを選んだ。フィールドプレイヤーたちがボールを追う間、勝手に指示したり勝手に「ナイスパス!」「右空いてる!」とか雰囲気で叫ぶだけであり、こっちにボールが来たら止めて投げ返すだけなのだけど、この一線引いた感じが心地よかった。フィールドプレイヤーを見ては、なぜ、常に自分の比較対象が同じ場所にいる状態で頑張れるのかしら?と不思議だった。

だからゴールキーパーの後輩が現れたときには、途端に萎縮していた。比較されることは怖い。優劣をつけられたくない。というか劣っていることがバレるのが怖い。優劣をつけないで!と逃げ回る自分は、実際には人と自分とを優劣で並べていて、だからこそ比較されるのが怖かったのだ。

特別感、はぬるく甘い。わたしは自分のアイデンティティを自分の「人と比較されようのない特別感」というぬる甘なウェハースで構築する十代を過ごして来たのだけど、自ら「特別」になろうとしていた幼い自分は、本当にぎりぎりの線の上にいたと思う。

自分の中で自分を埋没させないように、同性愛や自傷に真面目に走っていた。それが悪いということは全くなくて、今が幸せだから過去もおーるOKだと思えるハッピー人間なのだけど、結果的にいま偶然生きているだけだ、ということは理解している。あの線を越えていたらどうなっていたか。簡単に想像できることもある。

誰とも比較されにくいことを選んでやってきたのだけど、そして結果的にそれがとても楽しかったのだけど、唯一自分でコントロールできない「特別」を享受したのは、双子の妊娠だ。

腹にいるのが双子だと知って頭に浮かんだのは「一般的な母親像と比較されなくて済む」だ。ホッとした。育児書に書いてあるとおりでなくても「ま、双子だし」と思える。これはきわめてポジティブな言い訳だろう。双子妊娠を経てわたしは、優劣をつける必要のない特別感を得た。人生をぬる甘ウェハース製から木造にしたいと思えたのも、自分が自分だからこその特別感を初めて認知したからだろう。

チームはすきだ。でも、一般的な役割よりも端っこにひとりだけいるような存在でいたい。しかし目立たないままではいたくない。こういう欲求を叶える場所を自分の周りに作りたいというのが今、わたしが向かう願いだ。

これだけ、周りと一緒に同じことをしたくないと思う自分が望んで行う極めて一般的かつ集団的な行為がある。

立ち読み。本屋の立ち読み。これだけは月に三度は行いたい。非常に一般的だし集団的だけれど、買うか買わないかを問わず、やはり手にとってぺらりぺらりするあの行為は、特別だ。誰もが個室に入ったような顔をしてぺらりぺらりしているのもよい。似たものとして、TSUTAYAでどのDVDを借りるかパッケージを手に取る行為があるが、あれとは似て非なるものだ。なんというかTSUTAYAでは人目が気になってしょうがないのだ。主演芸能人がイケメンなだけの、すごくダサい映画を選んでいたらどうしよう、と思ってしまいレジに出すのも渋々だし、「過去に借りていますが」と店員に言われるのは耐えられない。これは個人の感想だが、伝わっているかい?(伝わっていないとしたら、あなたの読める言葉の拡張子とわたしの送る言葉の拡張子が異なるのだろうから、自力での解読は諦めて早々とフリーソフトをインストールするなりしていただきたい)

そう考えれば、一般的な何かの中に溶け込むのが嫌だった自分は、自分の個室に入る鍵を持ち合わせていなかっただけなのかもしれない。一般的で集団的な行為をするのも、個室の中ではなんと特別だろう。

けれど、それでもなおわたしは個室の中に入って鍵をしめたりはしたくないのだ。開けた自分でいることが第一に大切なのだ。すごくかっこよくいうと自己開示だ。

だから、気になる本のタイトルがどんなにエグくても恥ずかしくても立ち読みをするし、買うぜと思えば片手で掴んでレジに並び、堂々と店員に言うだろう。

「カバーはいりません」

家でお気に入りのやつをかけるからね!

お題:立ち読み

出会うことのない、ふたりを【軽率に生きる日】

なにかとなにかを比較するとき、あるいは並べて説明したいとき、「AとB」というふうに記載するのは、何も違和感のないことだろう。

例えば思いついた例のひとつめは『罪と罰』

これはドストエフスキーの代表作のひとつだけれど、ここでいう罪と罰はどんな関係だろう。

同じ意味ではないし、逆の意味でもない。けれど似ているかというと違う気がする。

罪に罰が必要か、あるいは、罰は必ずしも罪に起因するものか。罪のない罰はあるのか、などいくつもの疑問がわく。なかなかに高尚な問題提起になるだろう。

対して、ふたつめの例は「犬と猫」。かなり様子が違う、というか偏差値が下がってしまったが、思いついてしまったからには考えてみると、人間に飼われるペット代表の2者。動物やペットとして同じグループに入れたくなる人もいれば、こんなにも個性の異なる彼らを同じペットのひとつとしてくくることは許せないという人もいそうだ。高尚な感じは全くしない。しかし、ひとたび「こ」をつけて「こいぬとこねこ」にすれば犬好き猫好き動物好きの全員が「ああっ」「やだもうっ」と声をあげてしまう程のポテンシャルがある。圧倒的なパワーを感じる組み合わせだ。

うーん、なるほど。なにかとなにかで「&」をはさむ、あるいはなにかとなにかの間に「&」が割り込むことでなかなかに面白いことになるようだ。

そしてたぐりよせたみっつめの例が「ケイコとマナブ」。急に頭に降り立った。

これはかなりイレギュラー。

だって名前だ。完全に個人の名前。男女のカップル感、あるいはカップルでなくても親密な雰囲気は大いに漂っている。付き合ってないかもしれないがおそらく手は繋いでいるし、カフェで見つめあって会話がなくなっても「なんだか緊張しないし、この人、いいな」くらいには思い合う仲だろう。そして寝る前には二人とも日記を書く習慣があり、お互いの名前を書いて少し照れていることだろう。いやこれは妄想に過ぎないが。

わたしの頭に降り立ったこの「ケイコとマナブ」が何かご存知だろうか?お稽古や習い事、資格取得情報のサービス名だ。リクルートの。今調べて知った。おそらくテレビCMの音声としてわたしの記憶に残っていたんだろう。ケイコとマナブ。お稽古やお勉強がはかどりそうで、かつ親しみのわくサービス名だと思う。

すごくイレギュラーだったがまあ「&」でつなぐものの例をみっつ述べてみた。

そこでだ、なんでこんなこと言いだしたかというと、例とかじゃない、ガチのムチの「AとB」が現れたからなんだ。読解する力を貸してほしい。

『土星と威勢』

ん?

んーーーーー、ん?

すこぶる意味がわからん。すこぶる。

わたしが先日、マシュマロというサービスを使ってTwitterでブログのお題を募集したのは知っているね?

昨日そこに飛んできたのがこれだ。記念すべきマシュマロ第1号だ。とんでもない奴がいるもんだ。マシュマロはエロ単語や悪口は飛ばないようにできているそうだが、これもかなりの攻撃力がある。間違いない。

被弾した老兵の気持ちそのものだが、考える。

『土星と威勢』

まず、土星といって思い出すのは度々話題にする4年付き合った彼女のことだ。彼女は大学時代に星の研究をしていて、衛星だイオだなんだと話してくれたし、大学の展望台にも連れていってくれて…

いや。もうこれ以上の言葉は蛇足だろう。

『土星と威勢』

高尚な意味はいくらでもつけられそうだが、これはただの、ただの親父ギャグだ。そう言い切ることにしよう。土星と威勢の共通点は1時間で50個はひねり出せそうだが、そんなことはしない。

その前に大前提として、土星と威勢は付き合ってないじゃないか。どせいさんといせいさんも付き合ってなどいない。まだ出会ってもいないだろう?

土星が生きる道と、威勢の生きる道。この二つは出会うことのないふたりなのだ。土星の周回軌道と威勢の歩く道が重なることは万に一つの可能性もないことは、NASAが証明している(気がする)。けれどこんなのおかしな話だ。

この悲しい真実を変えたい一心で、あえて土星の周回軌道上にマシュマロを置こうじゃないか。いつか威勢と出会う日がきたら、それはあのマシュマロのおかげだ。死ぬまでにふたりが出会うことを、そう、心から願って、誰かから投げられたマシュマロを宇宙に向かって思い切り打ち返す。

大気圏を越えるあたりで焼きマシュマロになるのが楽しみだ。

お題:『土星と威勢』

きみはタモリ【軽率に生きる日】

お題:ない

すぐ泣く。ほんとにすぐ泣く。子どもでなくもちろん、わたしの話だ。

そんで更にいうと人前でも平気で泣く。いや平気ではない。平気ではないけれど泣く。これは一応にも社会人として生活するにはなんとも生きにくいしやりにくい。

働いて7年目の会社では既に15回は泣いている。多いか少ないかで言えば明らかに多いだろうと思う。そもそも会社で泣くなんて甘えだという考えもあるだろう。

しかし無理なのだ、あるパターンに陥るとだばだばに涙がでるのだ。

パターンの代表が、査定。うちの会社は半期に一回目標をたてて、その結果を半年後に面談形式で査定される。その査定の一時間は、半期に一度のだばだばタイムになる。

誤解のなきようにいうと、うちの会社はわかりやすいブラック企業だったりはしない。恫喝されたこともないし、頭ごなしに否定されたこともない。

そして、査定の場は和やかだ。にもかかわらず、なのだ。

褒められても、課題を提示されても、上司のくちから出る言葉で脳みそがぐるぐるに震えて、そんなの自分にしかわからないから、涙になって体の外へ排出されてしまう。もちろん絶対に泣きたくなどない。そして泣けば許してもらえるとも思ってないし、その前にそこまで叱責されることもない。

自分でもなんじゃこりゃであるし、上司も、更に上の上司も驚きだろう。入社以来1年ごとに上司が変わり続けているせいで何人もの上司の前でこの醜態をさらしている。上司は「どうしたの?泣かなくていいよ」と笑ってくれるが、わたしは必死でこれ以上泣かないようにするしかできないから、へらへら笑い返すのみだ。

こんな自分だから、査定にはハンカチを持っていくようにしていたのだけど、あるとき

「ハンカチがあるから泣くのでは?」

と思い至った。あーー!なるほどね謎が解けたわ。そういうことかと。

そこで次の査定では意気込んでハンカチを持たずに会議室へ入った。

想像にかたくないが、スーツの袖で涙と鼻水を拭くことになった。普段は私服なのにその日に限ってスーツだったのもショックで、査定を終えて潤みきった目で自席に戻ると、左手の袖がナメクジがはったように光っていて情けなかった。これクリーニングに出すんかえ…クリーニングのおばちゃんが心配するじゃろ…

で、だ。昨年から目標作成を拒否している。

経緯はそんな単純じゃない(査定で泣くのがいやで目標作りたくないっすとは言えなかった)けど、ボーナスカットを条件に許可が出た。

ボーナスは下がるがお金では得られない安心感を得た。というより取り戻した。受験勉強のように答えがあることに点数がつくのは納得できるが、上司によって異なる評価基準がある中で点数をつけられて、かつそれでボーナスが上下するのが納得できない。好きか嫌いかで点数をつけるなら納得できるので「あなたのやり方はすきじゃない」「あなたのそういう態度はすき」ならいくらでも点数をつけてほしい。感情がないと納得できないのは生まれつきか。

このような査定を避けられたおかげで、泣きたくない場面で泣く機会もめっきり減った。

会社で泣く機会は減ったが、人生で泣く機会は減りはしない。定期的なコーチングではほぼ毎回泣いている。音声のみだからコーチは気付いてないこともあるだろう。だって泣くような場面ではないことが大半なのだ。一般的にはおそらく。

自分の心の深淵をのぞくと涙がでるのだ。これ以上深く潜るには泣かなくてはならない、と感じるし実際に涙がでる。そして深く深く自分を感じることになる。

先日のぞんだ対面のセッションでも序盤の「何が心に引っかかってるんだろうね?」という問いかけで涙が出た。深淵に行くためには必要なチケットだ。目からこぼさない代わりに鼻水になったので、コメダの店員さんが出してくれたおしぼりでささっと拭いた。

かなり自然な流れで拭いたはずだが、やはり「鼻水拭いちゃった。恥ずかし。」とは思う。

しかしそう思ったら緊張がほぐれた。だから、それまではお行儀よく座っていたのだけれど、靴脱いであぐらかいてセッションにのぞむことにした。ちなみに緊張というのは相手にいい顔をしたいからで、好きな人と会うと大体そうなんです。この発言の方がよっぽど恥ずかしいだろう気もするが、大声で告白したいタイプだからいいんだ。

あれ、でもそうすると、涙のおかげで色んないいことがあるな。

納得のできない査定を拒否することができたし、好きな人と会うときの緊張もほぐれるしで。悪くないのかもしれない。

いやちょっと待てよ。前者はいいとして、後者は涙っていうか鼻水のおかげで、元をたどればコメダのおしぼりのおかげで…あの妙齢の店員さんのおかげで…

おかしいな…

でも、あなたの前でまた、泣いていいかな?

タモリなら、「いいとも!」と、言うはずなんだ。

泳げ泳げ【軽率に生きる日】

お題:ない

今日はもう疲れたんだ。

ブログも何も書きたくないし書かないと思って、洗濯が終わるのを待ってたら、神の声がね、そう神の声が。

「け い そ つ」

そう言うので、ああまだ軽率具合が足りなかったのねと思ってキーボードに向かっておる。くじを引く元気は残ってないのでお題なぞない。ないなーい。

思考の流れるままに書くとね、そう。わたしは普段から性的な話題を唐突に出すせいで、性的な相談や性的な自己開示をされる機会が多い。これってめちゃくちゃ楽しい。

性の前で人は大体バカであるから。どんなに綺麗に整えても滑稽さが消えることはないように思う。そしてその滑稽さをできることなら人に笑ってほしい、という人がいる。そういう人が周りに集まってくる。そうすると自身の経験だけでは味わえない知識や臨場感をほんの少しおすそ分けしてもらえる。

カッコよく書いてみたが、人のアホみたいなエロ話でダハダハ笑うだけなので、こういうときのわたしの偏差値は一気に下がる。笑いの閾値もみるみる下がる。アルコール不使用でここまで低レベルな下ネタに興じられるんだからハッピーの塊と言ってよいだろう。

ちなみに色々な話題を笑ってきたが、scatologyだけはわからない、というか想像の範囲を超えていて受け止め切れない気がする。のだが、まだそのような話題を提供されたことがない。誰かわたしに良さを、あるいは良くなさを語ってくれないかな…scatology以外は大体笑える自信があるのだけど、この分野の経験談は広い範囲から集めたい。そして感嘆したい。わたしにはその受容体がなくて実際に試すことはないだろうから、試したことがある人は貴重なのだ。

コアな情報を発信すれば自ずと情報が集まってくるというが。…わたしの普段発する下ネタがコアとは到底言えないものの、似たようなモノが寄ってくるのは間違いないらしい。性的な話題を日々放出すること15年だが、わたしの人生がその証明である。

性的な話題に伴うバカさが前面に押し出される部分がすきで、わたしは星野源のラジオの「夜の国性調査スペシャル」をYouTubeで繰り返し聴いている。リスナーからのハガキがいい。深夜ラジオのハガキ職人になれるものならなりたい(ああいうキラリと光るセンスがない)。しかしわたしが性的なラジオをやるなら、そのときはハガキ職人役まで勤める所存だ。

ところで、子どもの保育園でときたま会う38歳くらいのママがさっぱりとして端整なお顔で、短い髪と個性的な服と靴がベストマッチなんだけど、さらにわたしを見てクールな表情で「おはようございます」と笑ってくれるのが朝から最高なんだけどキラリと光る薬指の指輪から漂う「人妻」感がもうねもうねもう…

一回おちつこ。

ちなみに以前付き合っていたftmの恋人は、わたしが女性を相手にすることは問題なし、むしろしてきてほしいくらいとのたまった。その気持ちはわたしには全くわからんのだが、この元恋人の心情を説明できる人がいたら名乗り出てほしい。

あ、いや?アリか?夫が男に目覚めたら?これってBLなのかしら

・・・

いやあかんな。夫は一度目覚めたらどハマりしそうだ。やめよう。実写版を受け入れられる器がわたしにはない。

そして、こういう妄想をおそらくタイミングが来たら夫に話してしまうんだけど、そんな時間が一番たのしいんだな。はは。ねよねよ。

普段あたまの中を走ることを書いてみたらこういうことになるわけで、軽率に文章を世に出すのも簡単簡単。

わたしの主語が常に「わたし」であることが、自分の大事な柱だと感じるよ。情報なんてない、わかりやすく役立ったりなんかしない文章で、こうやって泳いでいきたい。

ひかるまぶた【軽率に生きる日】

お題:SEXとエロと下品

道端のカピカピになったエロ本を拾ったことがあるか?

小4の下校時。突然に現れた「性」に目を奪われながらも、友達と一緒だったから一度帰宅して、時間をおいてその道に戻ったわたしです。歩いて向かったのに息が切れていた。そして、もうそこにカピカピはなかった。ホッとした。

わたしがSEXに出会ったのは小学校の性教育だ。明らかに早すぎた。小2で仕組みの6割が説明されてしまい、眉根を寄せたまま帰宅。両親の顔を見るのが怖かった。あのようなことが、このような場所で、つまりわたしが生まれたのもそういう仕組みで。おろろおろろ。恋愛や家族愛を言語化する前に「子どもの作り方」を図解されてしまった。

自分の出生手順に抱いた拒否感と反比例して、わたしの性への興味関心は止まることなく腹のなかに蓄積した。小5で友人の母を経由してBLに出会ってからは腹のなかのそのヘドロを妄想の美少年をうふふと想うことで解消していた。エロのパワーは本当にすごい。辛いこと面倒なこと全て押し流すエロの力。中3までは妄想の世界に生きてそれなりにふくふくと幸せでいた。

中3。そう。初めての彼女と出会ったころだ。成人した異性愛者の女性だったから、それなりに男性経験があった。その知識と経験を、言葉で、吐息で、指で流し込まれた、高1の春。キスをするときのふせたまぶたと、黒板へ向かって背伸びする細い腰がきれいな女性だった。

お父さん人形とお母さん人形で説明されたアレを、ちょっと違う形で経験してしまい、そのあやふやさはぐっしょりと甘い香りがした。受け皿から溢れる何かが、染み込んでいく。

愛して愛されて。しかしわたしの性質上なのか、彼女と共に行き切るのは難しかった。集中力が試されるせいか、その最中に段々と目の前の出来事がゲシュタルト崩壊して、性的な感情が薄れていく。この人を好きだという気持ちと、この人がいなくなったら死んでしまいそうな自分と、この人をかわいいと思えないわたしがぐちゃぐちゃになる。そういうことを考えていると一定のリズムが刻めるようで、彼女がめちゃくちゃな声を出す。耳を塞ぐ手がなかったから、目を閉じて息を止めた。

自分が同性愛の最中にいることは、15歳のわたしの大事なアイデンティティだった。これを失うことなど考えられないほどに。ぐらぐらの一本槍のようなアイデンティティにしがみついて、いやだいやだと泣いていた。別れたくないよう。

でも、彼女をかわいいと思えない。

わたしの前で楽しげに歌い踊るようになった彼女を下品だとさえ感じ、そしてそれを笑えない自分。そんなふうな表情を、行動を、以前の男の前でもしていたのだろう?本当は男性のソレを求めているんだろう?

19歳のわたしは彼女のSEXもエロも以前のようには受け止められなくなってしまった。それが彼女の一番やわらかい弱みだったのに。

彼女が浮気未遂を起こそうと、わたしの大学受験失敗を喜ぼうと、ぎりぎりのラインでわたしは彼女との関係の上に生きた。浪人をへて、大学で新たに恋をするまで、彼女との関係は続いた。アイデンティティは失われることなく、その後数年に渡って増築されていくが、今でもあのときの彼女を受け止められなかった自分を思い返す。

抱きしめてしまえたらよかったのに。

スカートが飛び跳ねる【軽率に生きる日】

お題:スカート

スカートが嫌いだった。小3の頃にキュロットスカートをはいて以来、二十歳になるまで制服以外のスカートを履くことはなかった。

女であることが嫌だった。女であること、女として扱われること、女らしさを求められることが嫌だった。制服のスカートなんて最悪で、選択肢を一気に奪われた悲しみもまた、そんな自分への恥ずかしさになって返ってくる。

小6の終わりにスカートの採寸に行くのは負けを認めたようで、惨めだった。その日の日記には、制服を着て鏡の前で泣く自分の姿を絵に描いていた。

足元はすかすかして、めくられる前提、アクシデントが起きて恥ずかしい目にあう前提で短パンをはく。それもまた嫌だった。

高校入学児の採寸では、もう心が拒否しないほどにスカートをはかざるを得ない自分を受け入れていた。

大学生になると、一人暮らしの自由さで服が全てメンズになった。ダサい人にはなりたくなくて、慎重に服を選んだ。デブの男装だけはするまいとダイエットに走った。

だからといって、男になりたいとは思わなかった。そういうことでは全くなかった。わたしは女であることから逃げたくて、女らしさと対極に行っていただけだった。「女の子らしさ選手権」の応募資格をゴミ箱に捨てたかった。

大学生2年生の頃、かわいいなと思うスカートに出会った。懐かしい感覚。それを売るお店を何度も見るわたしに、当時親しかった人が「はいたらいいじゃない」と言った。それで勢いづいてスカートをそっと手に取り、いそいそとレジに向かった。

いい機会だ、女であることを受け入れよう、と思った。

当時のわたしはタクシーに乗れば「お兄ちゃん若いね!彼女いるの?」と聞かれるような振る舞いをしていたのに。お兄ちゃんではないが彼女はいたので「いますいます」と笑ったが。

そういう自分を一度捨てるしかないと、決死の覚悟で「女の格好」をした。

スカートもお化粧もコスプレのようで楽しくて、けれどそれはそれでやっぱり、なんだか違った。非日常だった。

女であることを拒否し続けていたのに、女になるしかないぜ、と目を背けたらこうなるらしい。わたしは自分の性とファッションがどんどんとずれていくのを感じながら、一度身につけた「スカート」を脱げずにいた。

社会人になった。相変わらず自分がごちゃまぜで、アンバランスだった。男らしさと女らしさを行ったり来たりして、囚われたくなかったはずの「らしさ」で自分をぐるぐるに縛っていた。

そうこうしてたら結婚した。

偶然にも身体も心も男性な人が相手だったから、多少コスプレを楽しみつつも、頑張って女らしくあろうとした。料理も洗濯もして、お嫁さんになろうとした(今思うとちゃんちゃらおかしい。ちゃんちゃら。)

結婚式の写真に写るわたしは完全に女だった。

そういう自分が、妊娠をした。生物学的に女性であるとは、そういうことだ。望んだことだが、心の端っこに「まさか」が残っている。まさか自分が妊娠しようとは。(どうやらほんとに『女』だったようだ)

腹に人間が入っているらしい。しかも二人も。驚きだ。

どんな子が出てくるかなと夫と話したときにわたしは「性別で悩みを抱える子が一定数いるなら、よそんちじゃなくて我が家に生まれたらいいな」と言った。筋金入りの不登校だった夫もいるから「学校行きたくない子も、うちに生まれたらいいね」と。

そういうことが至極自然であるような空気が流れていた。

なんだ、この人がわたしを大事にするのは、わたしが女だからではなかったのか。

かけていたメガネがずれる。右手で定位置に戻せば、視界はクリアだ。夫はいつもの真顔で笑ってる。

今の私は多分、今でも男らしさと女らしさを行ったり来たりしているように見えるだろう。シーソーのように、自分の性別をがたんごとんと傾けるような。

でも実は、ちょっと違う。

シーソーに乗るのはやめた。どこにも行けないから。今のわたしはただ心の赴くままにあっちこっちに歩き回っている。目に見える景色を変えるために。今ここ、の場所を変え続けるために。

女とか男とかもう、わたしの周りで好きに遊んで飛び跳ねてればいいだろう。

履歴書の性別欄。十代の頃からは想像できない軽さで、わたしのペンは「女」に丸をつけた。

バターしみしみのトーストを

3年前の今日、帝王切開で一卵性の双子を生んだ。

わたしの母は「あんたは完全にかえるだった」と生まれたてのわたしを見た感想を何度も話していた。

双子は完全にお猿であった。というか旦那だった。ハイテンションで看護師さんたちに写真を撮ってもらった。お腹開きっぱなしなのに。せっかくなのでお腹の中も写るように撮影してもらう。そうそう自分の腹の中を見ることもなかろう。

しかし、子どもを取り上げてもらった直後から感覚が変だ。お腹がもぞもぞするし、なんていうか、これ、痛いんじゃない?

横の看護師さんに声をかけると、どうやらお腹側の麻酔が弱まっているらしい。瞬時に慌ただしくなる手術室。看護師さんに励まされながら、痛みと出血による寒さで震えつつお腹を閉じてもらい、終わる頃にまた麻酔が効き出した。

手術室を出ると夫が「元気そうだったよ、お疲れ様、ありがとう」と言った。

ああそうか、よかった。

安心した。それがちょうど3年前の朝10時だった。

昨日。2歳最後の日に新宿御苑で撮影をしてきた。以前もお世話になったカメラマンの女性に双子も慣れて、楽しく撮影できた。

今朝。無事に3歳になった双子。どんな人になるだろう。

3年前のわたし、頑張った。死ぬかと思ったけどピンピンしてる。子どもは元気にひょうきんに、育っているよ。

今日は自分へのお祝いに有給をとった。

そんで今は、川越。地元のおじさんたちが集まってそうなカフェで食べるモーニングを食べてる。

ドレッシングがだらだらのサラダに、ケチャップのついたスクランブルエッグ。バターしみしみのトースト。

よいな。よい朝だな。

写真撮ろう。

追記

今日は、会うと元気の出る人と会う日。

魅力がすごいよ

こんばんは、新しいキーボードを買ってドヤ顔でスタバでブログを書いていますわたしです。Magic Keyboardかっこよすぎだろ…

GW半ばですが、オンラインコミュニティ「ライフエンジン」で知り合った りんださんとミッションステートメントについてお話する機会をいただきまして。機材トラブルで前編後編に分かれております。あなたが人類ならば、とりあえず聴いておこうぜ…。

前編

後編

えっ。

と思うような終わり方ですが、このブログがアンサーソングみたいなもんです。

ラジオ録音後、SlackのDMを使って今回のまとめのような、感想をお話しました。

そこでりんださんがお話ししてくれた中で印象に残った言葉。

「目標は暗闇から抜け出すための希望の懐中電灯みたいなとこがあるかも」

この思考、わたしにはとても新鮮でした。人生で「今がどん底」と感じて崩れ落ちている只中に、目標を掲げることでまた再起する人。「ああ、すごいなぁ」ただただそう思いました。りんださんは、ストレングスファインダーの上位10位に「目標思考」があるとのことで、頷けます。

そしてね

「目標は困ったときにその状況を抜け出すために自分が使う手段みたいなもの」

「ただその方向性を間違うと、人生グラフが急落する」

「目標というハシゴを正しい方向にかけるのがミッションステートメント」

そうか、りんださんのミッションステートメントは、りんださんがこれまでの人生をしっかり観察したからこそ作れたものでした。自分の人生の上昇下降の根拠を書き出すことで、どうしたら上がれるか、どうしたら下がってしまうのかがわかるんですね。

ミッションステートメントを作るなら、わたしもまずは人生グラフを描こう!そう決めました。あの激しいグラフを見たら、自分も書いてみたいと思うでしょうそうでしょう。

何度も人生グラフが急降下するも、自分で人生を切り拓いてきたりんださん。個人的なことをたくさん聞いてしまったのですが、その全てに応えてくれたことがとても嬉しかったです。こういう風に話をすると、その人を好きになってしまうな。と思いません?魅力がすごかった。そして、あー!

楽しかった。

追記

りんださん、こんな感じでどう?

スニーカーの白く光る

くちから頭から、言葉が出てこないことがある。なんせ眠たい。春だからというのもあるけれど、この気温の変化にわたしの身体がすっかり驚いている。

ブイヨンに会いに青山に行ったから、写真をのせるよ。

たくさんの人がブイヨンに会えるのを待っていた。40分待ちの整理券とGRを持って、青山を歩くことに。墓地なのだけど。

奥に見えるのが、TOBICHI2 。

においで分かる花。

縦につなげて。

夕焼けのきれいな。

車が跳んでたわ

散策おわり。

お葬式、と言うのかもしれないけれど。「ブイヨンからのおれい」のような、わたしが死ぬときはこうでありたいと思うような、場所と時間を過ごした。

追記

買った靴が真っ白で気にいっている。New Balanceが似合わない勢としては、オニツカタイガーの存在は大きい。

野望の会とわたしの門番

セミナーの後はスチール夫に見知ったことを全て話してみて、もっかい納得する、ということをやっているわたしです。ブレイズぽいな。

野望の会とウェルススペクトル

昨日、野望の会とウェルススペクトルのセミナーに出向いた。

野望の会では「性的なラジオをやりたい」と言い切った。野望を話し始める5分前に決めた野望。話せば話すほど広がり、気持ちが強まるし、思ってもなかったことを口から出す自分に毎度驚く。

すっきりと話し終わって得たフィードバックがこちら。

※「性的」というカードがあればもらえたと思うのだけど、そういうわけにもいかない。

話す野望が変わっても、変わらず毎回置かれるカードがある。

・面白さ

・ユニーク、独自性

・元気、エネルギッシュ

あたりが定番。

これは多分、野望の内容というよりも話すわたしからみなぎる要素。モノによっては自覚も多少あるけれど、いつでも驚くのは「ユニーク・独自性」だ。恐縮厳禁なのだけど、なのだけど、なのだから、…そう。

素直に嬉しい。

ありがたいです嬉しいですホクホクします。わたしはいつでも、好きな人たちの一番になりたくて、そのためにもっと自分に個性があればなぁ、もっと笑ってほしいなぁと思って生きてきて、そんな自分には逆に独自性なんてないなぁと思っていたもので。

だから、ただただ嬉しいです。あるんだな、独自性。このままでユニークなんだなわたしは。と、そして、野望の会でなくても、いつでも周りにいる人がわたしに「あなたはユニークだ」と教えてくれているんだと思いました。思い返せば受け取れてなかったプレゼントがたくさんあった。もっと受け取ろう、と思った。過去に置いてきたプレゼントだって、思い出すことでそこに戻って拾える気もする。

野望の会、すきだなぁ。

「…とんだ野望の会」

そういうことを夫に話すことで、やっぱり気持ちが強まる。運転席の夫に、助手席から包み隠さず「性的なラジオがしたい」と言ったところ夫は「…とんだ野望の会」と言った。あの感じは面白がってくれてたのだと思う。人生のパートナーには世界一わたしを面白い人間だと思っていてほしいので、これからも包み隠さずなんでも話したい。

追記

そんな、夫に面白がられたいわたしだが、夫の前でおならだけはできない。夫はwelcomeだと言うが、わたしの肛の門番が「決して!決して開けてはならぬ!」と言っている。

けれど10年後、もし夫婦間にマンネリが生じ会話もなくなってしまったときには、勇気を出して肛の門番を罷免し、二人の関係に刺激を入れようと思う。driveすべきときにdriveできる人間でありたい。