【日記】蘇った

絵を描く楽しさが蘇った。

仕事の絵

来週までに仕事で一枚絵を仕上げなくてはならない。

仕事以外で絵を描くことが最近なくて、久しぶりにiPad Proのアプリ『ProCreate』を使った。

題材を決めて絵を描いていく。

が、うまくいかない。なんか違う、その筆の感じや線の伸びる感じ、違う違う…

周りに絵を描く人などいないオフィスで絵を描くのは、少し肩身がせまい。遊んでいると思われたくない、と身がすくむのが正直なところ。

だけど、今日はもうこの「違うんだー!」が気になってしまい、iPad Proを4時間は使ってた。筆の作り方をググって、試して、ちがーう!となりながら、それでも続ける。

合間にちょこちょこと横槍作業は入る。作業アシスタントさんに質問されたり、電話が来たりSkypeのチャットが来たり。島の端っこにいるので道を通行する同僚に話しかけられることも。

それでもどんどん描いた。

結局、うまくはできなかったんだけど。

楽しさが続く

でもこんなに絵が楽しくて、うまくいかなくて歯がゆくて、でも楽しくて。

帰宅して夕飯作ってちびたちに食べさせて、風呂入れて寝かしつけて、ちょっと自分もうたた寝しちゃって、起きて洗濯と食器洗い終えて。

くたくたになっているけれど、それでもiPad Proを開いた。

絵を描いた。

楽しい。楽しい。楽しい。

小学校から高校まで、夜は宿題をしたら絵を描く毎日だった。中学までは見てくれる友達がいて、高校からは一人こっそりと絵を描いた。大学にあがってからは全く絵を描かなくなって。

社会人になって数年、やっぱり絵が描きたいと思った。夫が昨年の誕生日に買ってくれたiPad Proは、どこでも絵が描ける最強の道具だった。

そして今日、十代の頃、ただ楽しくて絵を描いていた頃の自分がひゅっと蘇ってた。

明日はわからないけれど

このうきうきした気持ちが明日もあるかは分からない。けれど今が楽しいから明日も楽しいと思えるほどには、気持ちが高揚している。

追記

自分が使いたいものには、驚くほど技術の進歩を感じるものなんだな。少しアップデートしなかっただけでこんなに新しい機能が??ってくらい色んなことができるようになっていて。世の中にはわたしの知らないところで大量の新機能が生まれているということが、面白い。

嫌われ妄想をやめたい

ちょっと前に考えたことをslackにメモしていたので投稿。

わたしがWDのサポーターであることと、自分の特徴。

サポーターの特性とわたし

サポーターは人の中にいて、人を励まし、奮い立たせる人だそうだ。
この特性にはなんとなく、昔から気付いていた。わたしには人とのつながりが必要だと実体験から思う。ひとりの時間も楽しめるものの、その時間が無限にあると途方に暮れる。というか誰かをすぐいに誘って出かけたり旅行に行ったり、そのひとり時間を使って、人と過ごす時間を作ろうとする。思ったこと、経験したことは誰かに話したいし、すごいでしょ!?って自慢したくなる。それがわたしだ。

人とのつながりに左右されやすい

人とのつながりを特に求める自分は、そのつながりに依存している。依存が強まると、ちょっとした出来事から妄想が始まって心が乱れる。

例えば飲み会やランチで相手に言ってしまった言葉を、激しく後悔することがある。

1「あの言い方はまずかったかも」

2「傷つけた気がする」

3「もう嫌われる~~~」

の三段論法で自分が嫌われる気がして動悸がするのである。そう思うともう仕事は手に付かないし寝る前には後悔の念で頭がいっぱいになるしで、いいことはない。そういうとき、面白いことに相手をそっけなく感じるのだ。嫌われたくないのに、嫌われる自分を演出してしまう。不安でたまらなくなって、今度は自己防衛を始めたり。

「いや、いいんだ。あんな発言で嫌われるくらいならいつか嫌われるさ…」

そうこうしているうちに、その相手にいつもどおり友好的に話しかけられるのである。なんのこともない。嫌われ妄想だったのだと、やっとここで気付く。

あなたはあなたが嫌われるのと同じ理由で、あなたを求めている人に愛される。

ときたま読む心屋さんのブログにあった言葉。

あなたはあなたが嫌われるのと同じ理由で、あなたを求めている人に愛される。

納得した。
わたしは自分の発言を受け入れてくれそうな人に対しては、思うことをストレートに伝える方だと思う。調子に乗ることもあって表現が強くなり、相手の気分を害すこともあると思う。そうやって私を嫌う人がいることは否めない。
だからってわたしが、ランチや飲み会で発言を控え、これまでのようにハッキリ話さなくなれば、新たにわたしを嫌う人は減るかもしれないけど、それはわたしのありたい姿ではない。

だからわたしは

反省はするけれど、自分の好きに生きよう。

嫌われた気がしたら「嫌われたかもなぁ」と認めるだけでいいのかな。そういうことを考えた日でした。

追記

ちなみに直近で嫌われ妄想を起こしてしまった相手からは、変わらずどうでもいい雑談やランチの誘いが来る。それが嬉しい。

【双子】思わぬハグにグッと来た夜

今夜は新しい絵本で双子を寝かしつけ。

『いるよね〜こんなこ』というイヤイヤ期の子ども向け絵本。

寝室を暗くしてランプをつけて、読み聞かせスタート。

どんな本?

この本は前後どちらからも読める斬新な絵本。片方はイヤイヤするブタくん、もう片方は、すごいね〜がんばったね〜と褒められるブタくんの絵から始まる。

真ん中では「そんなブタくんがママはだいすき!」となっていて、イヤイヤな子もすごーいな子も、ママはだいすきだよ、というメッセージになる。

イヤイヤから読み進めて、真ん中のページで

「そんなブタくんが かーちゃんはだいすき!」と読んでみた(我が家は「とーちゃんかーちゃん」と呼ばせてる)。すると…

思わぬ展開!

双子1号がすっくと立ち上がり「かーちゃんだいすき!」

と言ってハグしてきたじゃないかー!

想定外のハグに「かーちゃんもだいすき!」と修造ばりに熱くハグ返し。横にいた双子2号にもハグ(日本人的ハグのお•す•そ•分•け)。

最高に嬉しい寝かしつけであった。

今朝、登園が思うような時間にできずイライラしてしまったわたし。保育園に送った後に後悔しつつ出社したのだ。

そもそもなかなか起きられないのが遅刻の原因。目覚ましから30分経ってから起床していて、保育園にはいつも3分ほど遅刻し続けている。

会社へ向かって歩きながら考えていた対策を思い出し、ハグのタイミングで双子に伝えた。

明日は7時のぴぴぴ(目覚まし)が鳴ったら、起きてすぐにテレビつけよう!

ハイ!と短くハキハキした返事をした二人。さて、明日はどうなるかな。

ちなみに新しい絵本が楽しくて興奮したのか、そのあと絵本の取り合いが始まった。(絵本で「どうぞできないブタくん」を読んで、「◯◯ちゃんはどうぞできるよね〜」「できるよね〜」とのたまった二人)

わたしはそそくさとランプを消して寝たふりを決め込んだ。即座に二人が両脇にくっついてきて、新しい絵本に始まった寝かしつけも、無事に完了。良い時間でした。

思ったこと

やっぱり子どもは褒められたり、共感されたり、ぎゅっとハグされるのがだいすきなんだな、と思う夜だった。でもそんなの、大人も一緒だよな〜

小さな気がかり

わたしが何度か書いた「ランプ」という表現。もりかしたらライトかもしれない。ランプだと、なんていうか、こすったら青いウルサイのが出てくる感じ…。

【twitter】過去の自分の解説をしてみる

ブログを書くぞ。今夜はわざわざ24時まで開いてるスタバにきた。

スタバでMacを広げるだけで、最高にかっくいー気持ちになるわたしだ。ぐふっ。夫のおさがりのMacBookAirが輝いておるわ。

今夜はただただ垂れ流していたtwitterを振り返り、ここに表示させて、もだえてみる。記事にtwitterが表示されるなんて、渡部篤郎ばりにかっこいいことが、わたしにできるのだろうか。早速ひゃーうぃごぅっ!!(このテンションは持たない)

なるほど、わたしの初めてのツイートはこういう普通の感じで始まったわけですね。

確かに「アーティスト」という肩書きにはしびれるタイプである。なんというか、わたしは「デザイン」より「アート」を求めていると感じる。わたしはこの二つをこんな風に解釈してる。

デザイン:誰かのために目的をもって作られたもの。機能する。

アート:目的がなくても成立するもの。存在する。

なんとなく、自分の生きた証というか、死ぬまでに紡がれたものたちが、アートとして地球に残ってほしいと思っている。


そうだな、歩くってすごく前向きな行為。特に今のような寒くても晴れた朝、歩くのは最高に前向きだ。徒歩の通勤中、もちろんとても気をつけながらだが、前日の振り返りを行っている。slackに招待したgeekbotさんが質問してくれるので、歩きながらざくざくと前日の自分を俯瞰する。俯瞰だと空から見るイメージか。どちらかというと、昨日の自分の後ろをついて回る感じ。ストーキングだ。そんで、質問に答える。「昨日、一番面白かったことは?」と質問されると、面白かった場面を追いかける。これ、歩きながらやってるからこそ楽しいし続いているんだと思う。

あ、これ、まとめっていうか過去の自分の解説をしてる感じだ。面白いな。次いこ。


そうそう、そうなんだよ。私にとって最高の褒め言葉は「面白い」なんだけど、わたしのことを面白いと思う人たちが周りにいる。わたしも大抵、そう言ってくれる人を面白いと感じるから一緒にいて楽しくてたまらない。価値観の掘り下げが大切なのは、価値観によって自分の認識する世界が構築されるからなのかな。

これただの思いつきだけど、「あなたにとっての一番の褒め言葉は?」って質問は、その人の面白い部分がわかる質問になりそうだ。色んな人に聞いてみたいな。

ネクトベントスなんて初めて知った。大学の授業でも疑問におもってなかったけど、今頃になって急にわいた疑問と、答え。拍手喝采である。

あー、これね。このときね、すごく感動したもんね。覚えてる。嬉しくて面白くて感動して、天を仰いで目を覆ったもんね仕事中なのに。

わたしは大学では生物多様性学を学んでたんだけど、海洋の授業があってですね。海の生き物っていろんな種類に分類できるんですよ。

例えばね、プランクトン。あなたが想像する「プランクトン」は、すごく小さな小さな目に見えないようなものだと思います。でもね、そうでもないんですよ。

プランクトンていうのは、浮遊生物って意味。波に流されて生きる生物の総称。だから、クラゲはプランクトンです。クラゲってでかいでしょ。でもプランクトンです。

逆に、マグロやサメなんかの自分で泳いで生きる生物はネクトンと言います。遊泳生物。

ほんで、イソギンチャクなど水の底に生きる生物はベントス。底生生物て意味です。

ここまでに書いたことを仕事中にふと思い出したわけです。そして疑問が湧いた。「タコは…?」タコは、自分で泳ぐけれども基本的には海の底にいる。あいつはなんなんだ?

そしてググりました。「タコ ネクトン」で検索。するとわかったんです、タコは「ネクトベントス」でした。それがもう、感動でした。伝わりますか…なんというかな。相当する言葉はないものかと思ったものに、既に定義があったことが嬉しくて。純粋な「知識」がポンと増えたというか。脳みその中の「水棲生物」ゾーンに、新たな分岐ができた気分なんです。この感動はすごく響いた。


ああ、このツイートのきっかけは「なんで人に相談されるのか?」と考えてたんだ。それで、面白いと思ってくれてるらしい後輩に聞いたんだった。そしたら、こう言われた。

「○○さんは、否定しないんですよ。こっちはすごく真面目に真剣に自分が思ってる恥ずかしいこととか、倫理的に間違ってるけどやっちゃったこととか後悔して話してるのに、大体めちゃ笑うじゃないですか。「引きました?」「こんなのダメですよね」って言っても「面白い」って言ってくれるから、なんか気が抜けるんですよ。」

人の感情と理解と行動が矛盾してても、それに至る想いがわかるとすごく納得できるし、納得する自分は、一歩自分の外に出た気持ちになる。間違ったこと、やめたいけどやめられないことの話をされて「面白い」と感じる自分は、今の自分を少し逸脱した気がする。そして、そんな話をする人のことを「人間だなぁ」と思って、心地よくなる。

想いを無視して、ルールで自分や周りをぐるぐるに縛りつけようとする人を見ると、つまらなく感じる。「矛盾」「逸脱」が好きなのかもしれない。貫けない何かのせいで感情と行動が矛盾するのだと思うから、その人の「これは譲れない」が現れる気がするんだと思う。

それがすきだ、と思う。

今夜は、このくらいで。楽しいな、自分の解説。

次回も食い気味でいくつもりなのでよろしく。

色がすき

写真の色がすきだ。

というか色がすきな写真がすきだ。

あと、加工は面倒だからカメラから撮ってそのまま出したのがすきだ。

そんでスナップショットがすきだから、一眼レフはあんまり使わない。

これは全部RICOHのGRというハイコンデジで撮影してる。撮ってそのままのデータでこんなに好きな色に仕上がるから楽しい。

【なぜブログを書くのか】忘れないためです。

ちょっとしたことで泣いてしまいます。

どの程度かというと、

あつあつの炊きたてのご飯を食べて「お米おいしい…」

これで泣いたことがあります。泣きながら食べるご飯は涙の味がするんですよ。

最近でいうと、家族で出かけていて見知らぬ土地に来たとき。横断歩道をカップルや友達どうしが歩く姿を見て涙が出ました。

「わたしの知らない街でわたしの知らない人々がそれぞれ幸せに生きてるんや…」

現在進行形で仕事のできなさに悩んでいるのですが、例え今の土地を離れようとも、わたしは幸せだと思えました。

 

わたしは地球に生きている

そう。地球に生きているんですわたしは。地球で、色んな生き物に囲まれて、家族もいて、仕事に悩んではいるけれど、でも元気に生きている。

これからどう生きようとも自分は幸せだなと気付く毎日です。明日には忘れてしまうかもしれないけれど。

 

忘れないためのブログ

これはつまり、自分の幸せを簡単に忘れてしまう未来の自分への贈り物です。