爽やかすぎてどうにも【軽々しい朝】

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君たちはどう生きるか、とは言わないけれど、わたしはどう生きようか、については常に考えている。

保育園から会社までの徒歩14分で浮かぶ考えが価値観を基にしている日は、きっと元気な一日になるだろう。

何を大事にしようか?「面白さ」か、「愛」か、「わくわく」か。どんな空気の中で生きようか。

焦っている日には、こんな考えが浮かぶ。

「職種をどうしよう」「お金が足りないのでは?」「自分に特有のスキルなんてないのでは」

これは考えというよりも悩みで、終わりが作れない。こんな日は悪循環に陥るから、頭を空っぽにして寝るのがいいだろう。次の日に、また価値観から人生を形作ることにして。

初めてこうやって文章を早朝に書いている。4時半に目が覚めて、1時間はTwitterを読んでリンクを踏んでふむふむとして、伸びをしてベッドから出た。寝室から出るには勇気がいる。子どもが起きたら自分時間が終わることにがっかりする、という自分にがっかりしてしまうからだ。

ふすまで仕切られた寝室からリビングへ出るとき、子どもは起きなかったけれど猫は起きて足元に絡んできた。朝からでかい方の猫をたくさん抱っこすることもなかなかない。うちに来る生き物はみんなよく抱っこされる子ばかりだ。そう育てたからだろうけれども。

お腹が上向きになるようヒトの赤ちゃんのように抱くと、嬉しそうな顔をしている、と思う。きょとんとした表情というか、目がまん丸になる。気持ちよくなると目をしゅんと閉じる。

生き物の名付けにはその人がでると思う。ペットのね。

うんうん考えて、今の二匹には粉末系の名前をつけた。里親さんから共に我が家にやってきた、黒と白の子猫と、茶トラの子猫。ごましお きなこ とした。きなこは夫がつけたけれど、なんとなく「きーちゃん」と呼んでいる。よく懐いた。名付けが気に入ってることを願う。

子どものヨーグルトにゴマときなこを入れたときの、なんとも言えない気持ち。

散歩に行こうかとも思ったけれど、もし子が起きて寝室にもリビングにもわたしがいないと分かったら泣くだろうと思ってやめた。早朝散歩はもう少し先かな。飲むヨーグルトがうまい。

関東を離れる前に、関東の人と会って話しておきたい。そこのあなた、ピクニックしませんか?海辺でも公園でもいいよ。昔から「ピクニック」がすきで、会社に飽きたときには「ピクニックしたいな」と思うんだけれど、そもそも「ピクニック」の定義ってなんだろう?

わたしが思うピクニックは野外でシートか何かを拡げて、そこに座ってなんらかの食事をして、そしてそれが楽しいこと、をさすけれど。そしてできればひとりより二人か三人がよいけれど。あと晴れてる。

関東を離れたら電車で30分じゃあ会えないけれど、そうだな。移住した後もできることなら、年に何度かは同じ空気の中で会いたい。そう思うひとと何人も出会えてよかったと思う。

夜書くのと朝書くのでこんなに違うのね。夜の自分の文章の方がすきだな、朝の文章はぱきっとして、爽やかすぎるかもしれない。ちょっと恥ずかしい。でも写真にはあうかも。

子が起きる予感。

その前に少しだけひとりを味わう。

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