スカートが飛び跳ねる【軽率に生きる日】

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お題:スカート

スカートが嫌いだった。小3の頃にキュロットスカートをはいて以来、二十歳になるまで制服以外のスカートを履くことはなかった。

女であることが嫌だった。女であること、女として扱われること、女らしさを求められることが嫌だった。制服のスカートなんて最悪で、選択肢を一気に奪われた悲しみもまた、そんな自分への恥ずかしさになって返ってくる。

小6の終わりにスカートの採寸に行くのは負けを認めたようで、惨めだった。その日の日記には、制服を着て鏡の前で泣く自分の姿を絵に描いていた。

足元はすかすかして、めくられる前提、アクシデントが起きて恥ずかしい目にあう前提で短パンをはく。それもまた嫌だった。

高校入学児の採寸では、もう心が拒否しないほどにスカートをはかざるを得ない自分を受け入れていた。

大学生になると、一人暮らしの自由さで服が全てメンズになった。ダサい人にはなりたくなくて、慎重に服を選んだ。デブの男装だけはするまいとダイエットに走った。

だからといって、男になりたいとは思わなかった。そういうことでは全くなかった。わたしは女であることから逃げたくて、女らしさと対極に行っていただけだった。「女の子らしさ選手権」の応募資格をゴミ箱に捨てたかった。

大学生2年生の頃、かわいいなと思うスカートに出会った。懐かしい感覚。それを売るお店を何度も見るわたしに、当時親しかった人が「はいたらいいじゃない」と言った。それで勢いづいてスカートをそっと手に取り、いそいそとレジに向かった。

いい機会だ、女であることを受け入れよう、と思った。

当時のわたしはタクシーに乗れば「お兄ちゃん若いね!彼女いるの?」と聞かれるような振る舞いをしていたのに。お兄ちゃんではないが彼女はいたので「いますいます」と笑ったが。

そういう自分を一度捨てるしかないと、決死の覚悟で「女の格好」をした。

スカートもお化粧もコスプレのようで楽しくて、けれどそれはそれでやっぱり、なんだか違った。非日常だった。

女であることを拒否し続けていたのに、女になるしかないぜ、と目を背けたらこうなるらしい。わたしは自分の性とファッションがどんどんとずれていくのを感じながら、一度身につけた「スカート」を脱げずにいた。

社会人になった。相変わらず自分がごちゃまぜで、アンバランスだった。男らしさと女らしさを行ったり来たりして、囚われたくなかったはずの「らしさ」で自分をぐるぐるに縛っていた。

そうこうしてたら結婚した。

偶然にも身体も心も男性な人が相手だったから、多少コスプレを楽しみつつも、頑張って女らしくあろうとした。料理も洗濯もして、お嫁さんになろうとした(今思うとちゃんちゃらおかしい。ちゃんちゃら。)

結婚式の写真に写るわたしは完全に女だった。

そういう自分が、妊娠をした。生物学的に女性であるとは、そういうことだ。望んだことだが、心の端っこに「まさか」が残っている。まさか自分が妊娠しようとは。(どうやらほんとに『女』だったようだ)

腹に人間が入っているらしい。しかも二人も。驚きだ。

どんな子が出てくるかなと夫と話したときにわたしは「性別で悩みを抱える子が一定数いるなら、よそんちじゃなくて我が家に生まれたらいいな」と言った。筋金入りの不登校だった夫もいるから「学校行きたくない子も、うちに生まれたらいいね」と。

そういうことが至極自然であるような空気が流れていた。

なんだ、この人がわたしを大事にするのは、わたしが女だからではなかったのか。

かけていたメガネがずれる。右手で定位置に戻せば、視界はクリアだ。夫はいつもの真顔で笑ってる。

今の私は多分、今でも男らしさと女らしさを行ったり来たりしているように見えるだろう。シーソーのように、自分の性別をがたんごとんと傾けるような。

でも実は、ちょっと違う。

シーソーに乗るのはやめた。どこにも行けないから。今のわたしはただ心の赴くままにあっちこっちに歩き回っている。目に見える景色を変えるために。今ここ、の場所を変え続けるために。

女とか男とかもう、わたしの周りで好きに遊んで飛び跳ねてればいいだろう。

履歴書の性別欄。十代の頃からは想像できない軽さで、わたしのペンは「女」に丸をつけた。

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