嫌われ妄想をやめたい

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ちょっと前に考えたことをslackにメモしていたので投稿。

わたしがWDのサポーターであることと、自分の特徴。

サポーターの特性とわたし

サポーターは人の中にいて、人を励まし、奮い立たせる人だそうだ。
この特性にはなんとなく、昔から気付いていた。わたしには人とのつながりが必要だと実体験から思う。ひとりの時間も楽しめるものの、その時間が無限にあると途方に暮れる。というか誰かをすぐいに誘って出かけたり旅行に行ったり、そのひとり時間を使って、人と過ごす時間を作ろうとする。思ったこと、経験したことは誰かに話したいし、すごいでしょ!?って自慢したくなる。それがわたしだ。

人とのつながりに左右されやすい

人とのつながりを特に求める自分は、そのつながりに依存している。依存が強まると、ちょっとした出来事から妄想が始まって心が乱れる。

例えば飲み会やランチで相手に言ってしまった言葉を、激しく後悔することがある。

1「あの言い方はまずかったかも」

2「傷つけた気がする」

3「もう嫌われる~~~」

の三段論法で自分が嫌われる気がして動悸がするのである。そう思うともう仕事は手に付かないし寝る前には後悔の念で頭がいっぱいになるしで、いいことはない。そういうとき、面白いことに相手をそっけなく感じるのだ。嫌われたくないのに、嫌われる自分を演出してしまう。不安でたまらなくなって、今度は自己防衛を始めたり。

「いや、いいんだ。あんな発言で嫌われるくらいならいつか嫌われるさ…」

そうこうしているうちに、その相手にいつもどおり友好的に話しかけられるのである。なんのこともない。嫌われ妄想だったのだと、やっとここで気付く。

あなたはあなたが嫌われるのと同じ理由で、あなたを求めている人に愛される。

ときたま読む心屋さんのブログにあった言葉。

あなたはあなたが嫌われるのと同じ理由で、あなたを求めている人に愛される。

納得した。
わたしは自分の発言を受け入れてくれそうな人に対しては、思うことをストレートに伝える方だと思う。調子に乗ることもあって表現が強くなり、相手の気分を害すこともあると思う。そうやって私を嫌う人がいることは否めない。
だからってわたしが、ランチや飲み会で発言を控え、これまでのようにハッキリ話さなくなれば、新たにわたしを嫌う人は減るかもしれないけど、それはわたしのありたい姿ではない。

だからわたしは

反省はするけれど、自分の好きに生きよう。

嫌われた気がしたら「嫌われたかもなぁ」と認めるだけでいいのかな。そういうことを考えた日でした。

追記

ちなみに直近で嫌われ妄想を起こしてしまった相手からは、変わらずどうでもいい雑談やランチの誘いが来る。それが嬉しい。

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